こころの10:心の芽生え

生殖細胞と体細胞

赤ちゃんの誕生は卵子と精子が合体するところから始まります。この受精卵は分裂を始めて1個の細胞が2個、2個が4個、4個が8個と、猛烈な勢いで増えていきますが、どれも同じような細胞ばかり。一つ一つの細胞が将来耳になるのか、鼻になるのかわかりません。
しかし、分裂が進むにつれて、これらの細胞は細長くなって神経細胞になったり、平べったい皮膚の細胞に変わります。それぞれの細胞が将来どんな役割を担うか、この仕分けが遺伝子の仕事です。

ただ一つだけ将来を約束されているものがあって、それが特別な生殖細胞です。

生殖細胞は生物が誕生して以来、一度も途絶えることなく、生命の情報を後世に伝えてきました。その情報は少しずつ変化をしながら今日にいたり、少しずつの変化は進化とも言う。
それ以外の細胞は脳を含めて手足や胃腸、心臓などひとくくりにされて、体細胞と呼ばれます。
生殖細胞は世代を超えて生き続けるけれど、体細胞は一代限り。人生とか一生という言葉は、体細胞のものであって、親が勉強をしても知識は子供に伝わらない。一方で生殖細胞の情報はあまねく次世代に受け継がれることになる。

 

 本能と知能

人の暮らしは食べて、歩いて、働いて、眠る。こんな身体の動きの司令塔は、言わずもがなの脳。動きばかりではない。喜んで、怒って、欲をかいて、考えるのも脳。
では、あまり物事を考えない昆虫や、貝のような生き物の行動はどうやって決まるか。それは本能的な反射行動で、その場に応じた臨機応変の対応はできない。同じ状況に出くわせば、同じような行動をとるのである。
ときに完全に間違った選択をすることもあって、例えば「飛んで火にいる夏の虫」

それでも生殖細胞が子孫を残す指令にはすさまじいものがあって、オスのカマキリが交尾の後にメスに喰われるのは有名な話。だけど、たまに運よく生き延びるオスもいて、このオスは性懲りもなく次のメスのもとに向かう。何度も懲りずに結婚を繰り返す人間のオスもいるけれど、あの人たちの前世はカマキリではないかと思う。

鳥類や哺乳類のように脳が発達した生き物になると、生来もっていた本能的な判断に加えて、生まれてから積み上げてきた知識も判断の基準となる。実際はその場の状況に応じて、知識に基づいた脳の判断が優先することが多い。

心の芽生え

生き物の行動に共通する優先順位は安全、食そして子孫の継続である。
脳が発達した生き物は、危険を上手に避けて、農作を駆使して効率よく食糧を手にいれる。力強さや美しさを誇張して、より良質の、あるいはより多くの性の相手を探すのは当たり前。この辺までは、人は鳥や獣と共通した方向性をもって、連続性のある進化として理解ができる。

しかし、もうちょっと高尚になると音楽を聞いて、美術館に行って、哲学書を読む。こうなるとただ生きることとは別の次元で、心の芽生えが見えてくる。

「生きるべきが死すべきか」シェークスピア
「汚れちまった悲しみに」中原中也
「幸せとは心の平和」ダライラマ


人の悲しみや楽しみなどの感情は、遺伝子のニーズとはまた別のものにも見える。人の生き方は心と遺伝子の二重の支配を受けることになるけれど、普段はとくに大きな問題にははない。
しかし、ときに起こる自殺のような事件はあきらかに遺伝子の指令と逆行する。どんなに理性があっても、世の中から性犯罪がなくならないのは、遺伝子の欲望が脳の指令を上回るから。
反対に心の支配が大きな比重を占めるようになったヒトが、子供よりも自らの豊かな生活を望めば、少子化の問題が起こる。
昔より今、発展途上国より先進国にこの傾向が強くて、将来人は絶滅危惧種になりはしないか。