たずね猫

夜は犬を解き放つ人が多くて、夜道を歩き回る犬が怖かった。首輪をつけていなければ野良犬、つけていれば飼い犬という見方で、だいたい間違いはない。どちらも怖かったけど、首輪をつけている方がましだった。猫は昼夜を問わず、好きな時にでかけて、好きな時に帰ってくる。
叔母が猫を飼っていて、この猫は餌をもらえたけど、気ままというというか、ほとんど放置をされたような状態で、最後まで名前すらつけてもらえなかった。
それでも死んだときには、叔母が猫の墓を建てに行った。住職に猫の名前を聞かれてネコですと答えると、猫はわかっていますと言われた。
これも戦後を引きずった頃の様子で、昭和40年代になると、今では不適切な言葉だけど、犬殺しなる人々が出没をして、リードをつけずに歩き回る犬は、有無を言わさず連れていかれる。あえてこの不適切な言葉を使うには理由があって、犬を連れていく人が、専門の業者なのか、保健所のような公的な機関なのかわからない。それに、今ではなくなってしまった職業で、これに代わる言葉が見当たらないのです。
当時は犬の去勢などしなかったから、野良犬を放っておけば、勝手に増えたろうし、多分狂犬病も社会問題だった。
こうして野良犬はあまり見かけなくなったけど、猫はまだまだたくさんいた。発情期になると、独特の声が聞こえて家の周りがやかましくて仕方がない。
ディズニーのアニメで、ゴミ捨て場を根城とした猫の集団が、歌いながら一匹の雌猫を追いかけるシーンがあったけど、あんなに可愛いものではなかった。
そんな頃、我が家に雄の猫が一匹迷い込んできた。でも、そこには既に犬の先住者がいたのである。今度は名前もつけたけど、母は昔から猫が嫌いで、可哀そうに、犬とは何かと違った待遇を受けていた。
そんな扱いに不満を覚えたのか、猫は外出時間が次第に長くなった。そしてある日を境に家に帰らなくなった。怪我をしたとか、死んだ猫の話も聞かないので数日待ったけど、さすがに心配になって、張り紙をだした。

たずね猫
土坂ニャン太が行方不明になりました
茶色のトラ猫で見かけた方は....
数日が経って二人の方から、同じような情報を頂いた。この先の植木屋さんにニャン太らしき猫がいるようです、と。
当時は植木屋さんがたくさんあって、かなり大きく育った木も茂っていた。いつもその木に登っている見慣れた猫がいて、しかも、近くにはもう一匹雌猫もいた。
差別社会の我が家で暮らすよりも自由に、しかも雌に寄り添って暮らせれば、どんなにか楽しいことだろう。
もし長く連れ添って、仲たがいをした日には戻ってくればよい。人間だって、そんなの沢山いるのだから。ただ、植木屋さんに迷惑をかけてはいないか。あるいは邪険に扱われていないか、それがちょっと心配だった。
のらの暮らし
我が家の近くに猫博士がいた。数年前に取り壊されたけど、白日荘といって広大な敷地に母屋や蔵、図書室など数戸の建物があった。もともと狼博士といわれる平岩米吉氏が、ここで日本狼の研究を行っていた。一度だけ中に入れてもらったことがあるが、狼を飼っていた小屋の跡、熊のいた小屋の跡などがあり、その他は昭和の風景をそのまま残したような庭だった。
米吉先生亡き後、ここでは、平岩由伎子氏が猫博士として、和猫の研究を行っていた。ところが戦後、純粋な和猫は次第に少なくなって、洋猫と雑種ばかりとのこと。
この地域にも雑種の野良猫は結構いるけれど、犬と違って人間と上手に共存をしている。
例えば、ある猫のねぐらはお寺の縁の下にあって、朝になるとまずAさん宅に向かう。ここでは〇〇ちゃんと呼ばれて朝ごはんをもらう。
Aさんがでかけると、今度はBさん宅に向かって××ちゃんと呼ばれる。そしてお昼ご飯。
午後ののんびりした時間はお寺の境内で過ごして、参拝客にかまってもらう。決まっておやつをくれる人もいて、野良猫の割にはずいぶん太っている。そして夕ご飯。
こうして自由気ままに遊ぶ猫がいる一方、最近の飼い猫は家を一歩も出ずに暮らす。理由は交通事故、感染症、脱走、近隣のトラブルなど。でも、考えてみれば、どれも昔からあった問題で、最近は窮屈な暮らしになった。
お魚くわえたどら猫 追いかけて
裸足で かけてく 愉快なサザエさん
はもういない。
ところが、ひょんなことから、我が家でも猫を飼い始めた。その生活ぶりをみると、カリカリした宇宙食のようなものを食べて、去勢をされて、外出もままならない。
もし、私が猫に生まれたら、生涯部屋の中でカリカリを食べて過ごすのは、我慢がならない。多少腹を空かすことがあっても、気に入った雌と駆け落ちをするような暮らしがしたい。自信がある。そして、もし離縁をされたら、お寺の縁の下を根城に、何軒かスポンサーを見つけて暮らすことにしよう。
それはともかく、今度は、我が家のその猫がいなくなるという事件が起きた。家を一歩も出ないはずなのにいない。最近はハクビシンが出没して猫を襲うという話も聞いたし、数十年ぶりにたずね猫の張り紙を書いた。
結局丸一日さがして、天井近くの高い棚の一番奥に潜んでいるところを発見した。
ご近所の方には、何人もお声がけをして頂いて、ありがとうございます。
ついでにかつて、我が家の娘が家出をした数日間は、祖父母の家に行っているのがわかっていたので、たずね人の張り紙は出さなかった。そのかわり、食い扶持の減った間に豪華フレンチ、一流寿司を食べてまわった。アハハ。