ちんちん電車

ちんちん電車とは
東京都内は縦横無尽に都電が走っていた。銀座、赤坂、六本木。どこに行くにも都電。遠くに行くには山手線。当時は省線と言った。
その都電がちんちん電車と呼ばれた理由は、運転手と車掌が合図を交わすベルにある。つり革の奥に運転席から車掌室まで一本の紐が通っていて、車掌がどこにいても、この紐を引くと運転席でチンとなる。
チンとチンチンの違いは知らないけれど、たしかチンチンと2回なると電車が動き出した覚えがある。
何かのお祝いの時には、いっぱいの花で飾り付けた電車が走る。花電車が通ると言って、まるで何かのパレードのように、道路脇には人垣ができた。
駅名の情緒
そんな都電は一般道を走っていたので、自動車の普及とともに、渋滞や事故が課題となり、昭和40年代から徐々に姿を消した。
その中で唯一残ったのが都電荒川線です。荒川線の場合は王子や大塚駅など、一部一般道を自動車とともに走ることもあるけれど、ほとんどが専用の軌道だったので、渋滞の影響も受けずに生き残ることができた。
そして、生き残ったのは電車ばかりではない、なんとも情緒のある駅名がそのまま残っているのです。面影橋、鬼子母神前、庚申塚、飛鳥山・・・。
荒川線が走るのは早稲田駅から三ノ輪まで。一日乗車券を買って早稲田を出発すると、しばらくは新目白通りと並走して専用軌道を走る。そして、いきなり目についたのが面影橋。日本橋も二重橋もあるけれど、これほど心惹かれる名称はない。
戦国の終わり頃ですが、それはとびきり美しいおとひめが、その美しさ故に招いた悲劇の伝説です。こういうとなんだけど、たいがいこの手の話に不細工な女性は出てきません。
そのおとひめが夫を殺されて、仇を討ったところまではよかったのですが、その後も美しさ故の悲劇が続いて、死を決意します。川に飛び込む直前に、水面に映った自分のやつれた面影を見たところから、この名がついた。
その面影橋を過ぎて、学習院下を通って、次は鬼子母神前。鬼子母神の名は知っていたけど、どんな仏様か知らなかった。
それは、なんと他人の子供をさらって喰うという悪鬼でした。ところが、お釈迦様に末っ子を隠されてしまい、子供を失った悲しさに目を覚ませます。以後は改心をして、安産と子安の守護神になったとのこと。
珍しいのはその境内にある駄菓子の上川口屋で、江戸時代から続いています。ぽん菓子やラムネもあって、買いはしなかったけど、ついカメラを取り出してしまいます。
雑司ヶ谷を通って、大塚駅に差し掛かる頃、都電はしばらく一般道を走ります。山手線の高架の下に駅があって、目の前は大塚駅前広場。そしてまた専用の軌道。
やがて庚申塚に停車。庚申塚とは、中国道教の庚申信仰に基づいて、江戸時代に広まった供養塔のことだそうです。ここには猿の地蔵があったけど、全国には石碑のように庚申塚がある。ただし、私はまだ他所で見た覚えがない。
再び一般道に入って、王子の手前に飛鳥山。上野のお山は、何かと制約があって、花見がしづらかったので、徳川将軍吉宗が庶民のために桜を植樹して、新たな桜の名所を作ったものです。
風も吹いていない日だったので、一日かけた都電散歩には、手ごろな休憩所になりました。
この辺りで知られるのが、三代将軍家光の時代から続いたという扇屋の卵焼きです。落語「王子の狐」の中で人を化かす狐を、化かし返す場になった扇谷です。
今は普通の卵焼きだけど、昔は下から鉄板で焼いて、上からも炭火お越しのような器具を使って、火をあてたと聞いた。
炭火お越しと言ってもわからない人が多いと思うけど、金属製の筒の下が網になっており、ここに炭を入れて着火剤の上にかざす器具のことです。火のついた炭火お越しを、下から覗けば網目越しに燃え上がる炭火が見えるので、この熱を上からあてることになる。

スマホの散歩
そして、この辺りにきて気づいたのは、いやに高齢者が多くなったこと。高齢者の私が言うのも変だけど、私よりも、もっと高齢の高齢者が目立つ。
両手杖の人が乗ってきて、車輪がついた歩行器を使っている人もいた。シルバーシートはたちまち埋まって、若者とは言えないけれど、高齢者より少し若い人が席をたつ。
パタンと音がして、一人の年寄りが転んだけど、すぐにまわりの人が助け起こして、電車は無事出発をした。
とげぬき地蔵も近いし、高齢者の観光地かと思ったが、そう単純な問題ではない。
若者は車を使うけど、この辺りは高齢者施設や下町住宅街が多く、シルバーパスも使える都電は通院・買い物に欠かせません。
荒川遊園地を通って町屋。いよいよ下町情緒を感じながら、ついに起点の三ノ輪駅。
駅を降りると、そこはいきなり昭和でした。
長い商店街があって、洋品店、焼鳥屋、他雑多な店が並んでいる。
惣菜店、八百屋、漬物店などは道にはみ出すように商品を並べて、割烹着も売っていた。
大商店街を抜けて、別の道を通って帰ろうとすると、住宅地の真ん中に昼間からおでんがぐつぐつ煮えていて、とても美味しそう。ここでロールキャベツとはんぺんさつま揚げを購入して、近くの公園で食べた。
桜餅を買って、最後に入ったのが喫茶店。4人掛けのテーブルでメニューはナポリタン、ホットケーキにオムライス。新聞が何種類かおいてあった。今流行のドトールやスターバックスと違って、喫茶店独特のにおいがする。
きっと朝は老人が集まって、一時間もかけながら新聞を読んで、トーストとゆで卵の朝食をとっているにちがいない。
下調べなんかいらない。スマホ一つあれば、こうして旅行ガイドになってくれるので、楽しい下町の散策ができるのです。

