寿命と余命とフレイルと

健康寿命を過ぎると、高齢者の暮らしはどう変わるか。
10年くらい前にも、同じようなテーマを扱ったことがありました。しかし、あれから私自身が後期高齢者になって、何人か同僚の訃報を聞けば、おのずと見方も変わってきます。
寿命と余命
そもそも寿命とは、人が生まれてから死ぬまでの期間です。平均寿命と言えば、生まれてすぐに亡くなる0歳児も合わせて計算をするので、回りを見ると短く感じると思います。
長寿と言われる日本の場合、平均寿命は男性が81歳、女性が87歳くらいです。しかし、高齢者と言われる65歳の人は、無事に成人をして不慮の事故死も免れた人々なので、平均寿命より少し長生きをします。
その高齢者になってからは、残りの命が問題になって、これを余命と呼びます。
男性の場合平均余命はだいたい19年、女性は24年です。つまり65歳の男性は84歳くらいまで生きそう。女性は89歳という予測がつくのです。
仕事を続ける人はともかく、定年を迎えて現役を終えた人々は、この時期をどのようにして過ごしているか。
独自の生き方をもっている人は別として、一般的に高齢者に人気の趣味といえば、以下のようなものです。
読書、映画、音楽、スポーツ鑑賞。映画館や競技場に行くわけではなく、もっぱら自宅のテレビやコンピューターで済んでしまう。しかも、座ったまま。最近はSNSをやる人も増えてきたようです。女性の場合は手芸や裁縫が入るかな。
少し身体を動かすことと言えばガーデニングや日曜大工。道の清掃。外出をする場合は散歩やグルメ。たまに旅行。
ちょっと変わったところでは、積極的に孤独を楽しむ人もいて、他人に気を使うことなく、全く自由に過ごす。何をしているかはわかりません。
ただし、こういう生活ができるのは、ある程度の健康が保たれていることが条件になってきます。年をとると、その健康がどう変わってゆくか。

健康寿命
寿命に余命。年齢にはいくつかの指標がありますが、忘れてならないのは健康寿命です。それは、不自由なく自立して日常生活を送れる年齢のことです。
この健康寿命はWHOが2000年に提唱したもので、当時の世界ランキングでは日本が一位。男性がだいたい73歳、女性が76歳でした。つまり男性の場合は健康でなくなってから余命の12年、女性は15年、何かの問題を抱えて生きていくことになる。
健康寿命を過ぎると何かしら、助けが必要になりますが、昨日までピンピンしていた人が、いきなり車椅子になるわけではありません。
頑張れば一人で何とかなるという時期があって、これが最近話題のフレイルです。
時間がかかるけど着替えはできるとか、手すりがあれば動けるといった状態です。ただし、介護の場では健康と判断されるでしょうが。
このフレイルが要支援と違うのは、努力次第で後戻りができるところです。面倒臭いと諦めずに、自立した期間は長ければ長いほどいいに決まっている。
それでも何年か経てば、支援が必要になってきて、それは部分的な支援からから、全面介護まで7段階に分かれます。
さらに身体の老化だけでなく、認知症の有無がからんでくると厄介です。いずれにしても、年とともにできないことが増えてくる。
足腰の悪い人は、身体を動かす旅行や散歩が難しい。健康のために散歩を勧められても、腰膝が痛ければ歩けないし。
ガーデニングや日曜大工はどうでしょう。屈む動作が難しい。視力の悪い人は映画やスポーツ鑑賞、読書が難しくなる。好きだった趣味ができなくなれば、別の生き方を考えなければならない。
いろいろな分野に衰えが出てきますが、もっとも大切なことは意欲や興味の低下です。
何かにつけて、やろうという意欲がわいてこない。家族でチャンネルを奪い合ったプロ野球中継も歌番組も、今見れば、あー、そうか。
人から見ると、単なる老化で済まされそうですが、なぜ高齢者はあまり動かないのか。
疲れやすいのは勿論ですが、身体だけでなく脳内にも変化がおこります。つまり脳内ホルモンのドーパミンの分泌が低下をする。ドーパミンはやる気ホルモンとも幸せホルモンともいわれて、生きる源のようなもの。ファイト!一発!がなくなってしまうのです。
ドーパミンが減ると興味を抱くための、最初の一歩が踏み出せない。つい、じっとしたままになりますが、興味がなくなったわけではありません。
身体の衰え、脳の衰えの他に、高齢者の暮らす環境も変わる。特別に社会的な役割もなく、人に喜ばれることもなくなれば、何かを始める動機もなくなってしまう。
そして見逃せないのが、年とともに価値観が変わること。どうでもいいことは、どうでもいい。自分にとって大事なことだけに価値を見出すようになってくる。
また、高齢者の物忘れや計算速度は、一般的に能力の低下みなされます。しかし、知識や経験の積み重ねた上で判断をする結晶性の能力は、90歳を超えて、なお成長を続ける人もいる。
マニュアルでこなす福祉、介護はあまりいただけない。高齢者の尊厳を保つためには、一概に衰えというより、変化とみた方が、より幸せな高齢者をうむと思うのです。

