爺さんのぼた餅

狩野川台風
母が残した鎌倉彫の文箱が見つかった。中に入っていたのは、小さな経本や法事の記録の他に、今にも折り目が切れそうになった朝日新聞の切り抜きだった。日付は昭和33年10月20日とある。
台風22号が伊豆の狩野川流域の一帯にもたらした被害を報道する記事で、田んぼにしゃがみ込んだ祖父の写真が載っていた。立派なあご髭を蓄えた禿げ頭の年寄りが、泥の中から稲穂をつかみ出す姿は、格好の被写体になったものと思う。家族は髭の爺さんと呼んでいた。
韮山と函南は伊豆の穀倉地帯なので、被害は相当なものだった思う。記事には死者と行方不明者は合わせて千人を超え、被災家屋は五千戸を上回ったとある。
しかし、同じ場所で腰を上げて山の方を見ると、わずか数百メートルの違いで、水につからなかった田んぼの稲は深く穂を垂れている。爺さんが住んでいた山木村は、半分が水につかった状態で、最後に記者の感想が記されていた。
「これが人生さ。顔に深くきざまれたシワがそう言っているようであった」
記者の感想はともかく、当時は災害に対する補償も支援もなかったから、その後は長らく困窮した日々を送ったことだろう。
ただし、今の都会生活と違って、爺さんの暮らしはほとんど自給自足に近かった。幸い少し高台にあった自宅は水害を免れたので、寝るところさえあれば、今日明日の居場所に困るわけではない。
その昔、村が全焼するような大火事があって、東南海地震も経験して、村全体に質素、節約の生活が身に付いていた。
味噌醤油も自家製。牛小屋の匂いが強烈だったけど、乳牛ではなかった。一汁一菜の食事はほとんど畑か川でとれたもの。
爺さんは朝晩、必ず仏壇の前で法華経を唱えてから、お膳についた。
不断は無口で、文字通りの晴耕雨読。日常生活に現金の出入りはほとんどない。
わずかな収入源は、古典的な鋤鍬を使った米作りの他、小さな畑で路地いちごを作っていた。一辺が30cmほどのコンクリートブロックを畑に並べて、その隙間にいちごの苗を植えるのである。
陽の光に温められたブロックは、夜になっても土を冷やさないので、早い時期に良質ないちごが収穫できる。
路地いちごの収穫は四月。春の休みには爺さんを訪ねて、畑に残った苺を食べつくした。つぶつぶの種が歯にあたって、それが当時のいちご。その後は、つくしや田ぜりを篭いっぱいにとって、それが子供の遊びだった。
十年も無沙汰をしただろうか、韮山を訪ねると、爺さんはとても喜んでくれた。しかし、後ろ姿は一回り小さくなって、いちご畑もなくなっていた。
ぼた餅

いつものように経をあげて夕食を済ませると、爺さんは居間の隅に立てかけてあった琵琶を持ってきた。
「べんべん・・祇園精舎の鐘の声・・・」
弦のゆるんだギターのような音がして、何を言っているのか聞き取れないが、平家物語の冒頭であることくらいはわかる。
初めて見る琵琶だったから、八十を過ぎて始めた手習いだったのだろう。晴耕雨読に琵琶が加わった。
翌日は婆さんが、もち米やあんこの支度をして、餅をついてくれるという。質素な生活の中で最大限のもてなしだった。
私が石臼を庭まで運ぼうとしたが、重いからと言って爺さんは、二十歳に近い私に手を出させなかった。近くに住む叔母も手伝いにきてくれて、餅つきはほどなく完成。
つきたての餅をあんこでくるんで、ぼた餅ができあがった。婆さんが炊いてくれた小豆だが、砂糖を節約するので、ほんのり甘いあんこだった。
こんな暮らしをしながらも、爺さんは時折日蓮宗の身延山久遠寺に参拝にでかけ、何を思ったか川崎の日本鋼管を見学して、帰りに我が家を訪れたことがあった。
普通、製鉄所の見学は予約の上、団体でないと難しいはずだが、よれよれになった麻の上着を着た老人が、突然門をたたいたので、日本鋼管の人たちも、特別な計らいで案内をして下さったものと思う。
危篤の知らせが入ったのは、苺の収穫の時期だった。
急ぎ韮山を訪れると、爺さんは病院のパイプフレームのベッドに休んでいた。声をかけても返事はない。ずいぶん弱ってしまった。
ただ、布団から不自然にみ出た手が動くので、ためらいながらその手をもつと、握り返す力は思いのほか強い。ごつごつした手のひらからは、長年の百姓暮らしが伝わってきた。
結局言葉を交わすことはなかったけれど、たとえ何かを聞いたとしても、多分大した中身はない。ごつごつした力強い手だけで十分だった。この時、長い無沙汰を悔やんだ。
数日後、爺さんは逝った。
先日、ぼた餅を口にする機会があった。最近の傾向だろうか、あんこに限らず、和菓子もケーキも甘さがずいぶん控えめになったように感じる。何よりコンビニのロールケーキはあっさりして、私は高級店の甘いスウィーツよりも、むしろこちらを好む。
そうは言っても、ぼた餅はもち米にあんこ。糖分を糖分でくるんでどうかと思うが、それでも日本伝統のお菓子。
甘さは控えめにはなったとはいえ、爺さんのぼた餅と比べると、まだまだ甘い。ただ、その分、小さくなったので、健康上はこれでいいのかもしれない。

