自分探し・高齢者編

若者と高齢者
若者と高齢者
「自分探し」という言葉が流行ったのは1990年から2000年前後にかけて。バブルが崩壊して世は就職氷河期にありました。
こんな世の中でこれといった夢もない。仕事もみつからなくて、どうしてよいかわからなくなった若者が始めたのが自分探し。無謀な振舞をする若者もいたけれど、周りの忠告を聞いて無難な選択をした者もいた。しかし、それが正解とも限らない。
思ってもみなかった会社の倒産や離婚を経験すれば、次の人生を探すことになる。それでも、若者にはやり直すだけの、時間も意欲も残っている。
一方で、時間も意欲も残っていない高齢者は、夢をもたない。夢より前に念仏と言ったほうがピッタリくるかもしれない。
でも、振り返ってみれば、すでにほとんどの夢は実現しているのではないか。かつてあれほど待ち望んだ休日は、完璧なまでに手に入れた。仕事からも他の制約からも解放されて、今は自由の身。
法律も少しは目こぼしをしてくれて、70歳を過ぎれば自転車で歩道を走ることも許される。幹線道路の端を自転車で走るくらい、怖いことはないのだから。
ただし、制約と同時に周りからの期待もなくなって、消化試合のような時間を残すことになった。
散歩とテレビと新聞、読書。
どれも定番の過ごし方だけど、一人でできる趣味ばかり。相手を探せば健康麻雀かカラオケ大会。猫か盆栽でよければ話は早い。
こういう高齢者があり余る時間のなかで、ふと立ち止まる。
夢中で働いて遊んでいた頃は、何も感じなかった。でも、今となっては人の役に立つことは一切なくなって、社会と疎遠になった自分の姿がいやにはっきり見える。
昭和は消えてしまった。
親も何人かの友も消えてしまった。
テレビの前に座っているのは自分だけ。
自分の原点
訳もわからずこの世に生まれて、訳もわからず消えてゆく。それは生き物の宿命だから、仕方がない。ただ一つだけ解決をしていない疑問が残る。
自分は何者で、どこからきたのか。
それがわかったところで、何が変わるものないが、ただ単純な好奇心で知りたいだけ。わかればそれが生きた証になって、少しは落ち着くような気がする。
こんな「もやもや」に対して、何かすっきりした答えはないものか。年老いて自分探しがあるとすれば、多分この「もやもや」が背景にあるのではないかと思う。
どこからと言っても、今さらアダムとイヴを持ち出すのも白々しいし、哲学はとても受け付けない。確かなことは自分が親から生まれて、今、ここに住んでいること。
その親は祖父母から生まれて、祖父母はそのまた・・・。ここに自分探しの動機とヒントがある。
そう思って、これまで目もくれなかった我が家の過去帖を仏壇から引っ張り出してみた。でも、そこに記してあるのは法名と没年月日ばかり。尼の字の有無で何とか男女の区別はつくけれど、俗名も享年もわからない。
わかったところで同じことだけど、自分と同じ姓が続くのを目にすれば、もっと親しみもわくと思うのだが。

しかし、最近は便利なもので、法名しかわからない祖先でも、地名と年代がわかればどんな世相で暮らしたか、インターネットがある程度のことを教えてくれる。
そこに自分の勝手な想像を加えれば、祖先の人物像と生業がうかんでくる。間違っていても構わない。過去に旅をするような気分に浸るだけなのだから。
さらに凝り性になると、家系図に興味を持ち始める。こんな人が多いせいか、いまや家系図作成サービスなる職業が展開するのです。前からあったのかな。
自分一人の人生ならば、それは点で終わるけど、家系図があれば線になる。
ただし、家系図のために戸籍謄本を取り寄せて、過去の情報が見ようとしても、それは明治19年式の戸籍まで。およそ150年くらい前までです。
その先の戸籍は身分や差別につながる項目が記されているので、公開がされなくなってしまった。
ともかくわかる範囲で手に入れた過去帖と、インターネットの情報に加えて、郷土史のページをめくってみれば、時折見覚えのある地名や風景に出会う。
運がよければ当時の絵図も出てきて、これを見ると描かれた場所をたずねてみたくなる。会ったこともない先祖の暮らしが見えて、心温まる思いがするのです。
こうしてみると、自分が生まれる前の長い歴史があった。その最後に自分がいて、これは時間の流れに沿って見た縦の軸。
そして、自分の生涯を振り返れば、学校から職場、町内まで数多くの友人、知人がいた。高度成長期があって、バブルの崩壊があって、それは自分が関わった社会の広がりで、横の軸に他ならない。
自分などわざわざ探しにいかなくても、縦軸と横軸があって、その中心に自分がいる。
高齢者の自分探しとはこんなもので、一息つくのではないかと思います。

